新本格ミステリに拘泥する (休止中)

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zoom RSS 148 『最後の記憶』 綾辻行人

<<   作成日時 : 2010/04/12 04:06   >>

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★★★★
自分は「本格ミステリ」が好きだ、そして、この作品が「本格ミステリではない」とは思わない。だが、「だが」という書き出しになってしまう。(今回はマトモな感想になりそうもないな)
文庫版の解説が非常に面白かった、特に「ジャンルを分ける」「パターンに嵌める」「自分のファイルに入れる」ことの「空しさと愚かさ」については、思い当たる節がありすぎて苦笑いさせられた。まあ「本格ミステリ読者」は、或いは「本格ミステリ好き」は、そういう「性質」を持つからこそ「本格ミステリに惹かれる」という面があるのだろう、とも思うが。
さて。この作品を「ジャンル分けする」のなら、「本格ミステリ」の部分は30%位だろうか。その上で「サイコ」でもあり「ホラー」でもあり「ファンタジー」でもある、どれかひとつにはくくれない。そして最初の感想「“だが”」が、それに起因する面が大きいのも認める。これまで読んだことのない「位相」にある物語に対して、腰の落ち着かない、すとんと腑に落ちない、据わりの悪い、感じを受けたのは確かだ。
しかし、作者自身はどうなのだろう?、とも思った。同じ解説の中に作者が新書版あとがきで“<理に落ちる部分と落ちない部分、読者に対して明示的に説明される部分とされない部分>の<描きかたやバランス取りにおいて(中略)かなりの冒険を試みた>と書いています”とある。作者が「冒険を試みた」のは何故なのか?、そちらの方向へ行くのは作者の本意なのか?、と感じもしたのだ。
「オマエは馬鹿か?何様だ?」といわれるのは百も承知なのだが…。

自分が好きな「本格ミステリ」を書いてくれる人が減ってしまうのは寂しいのだろう。
自分が「騙されたと天を仰ぐ」「そして悔しく、殊に嬉しく思う」「カタルシスを感じる」、そんな「小説」を書くことを作者に求めてしまうのは、「不遜」な態度なのだろうか…?。

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最後の記憶 綾辻行人
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