新本格ミステリに拘泥する (休止中)

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zoom RSS 150 『暗黒館の殺人(一)〜(四)』 綾辻行人

<<   作成日時 : 2010/04/14 02:56   >>

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「新本格ミステリ」と呼ばれる作品の内で、「本格ミステリらしさ」が最も濃い作品だと考えている。
「本格ミステリ」というものに必要なものが全て、十分に揃っている。魅力的な(数々の)謎、トリック、底を流れるテーマ、個性的な登場人物と動機、見え隠れする伏線と重なる推理、魅惑的な舞台と小道具、陰で全てを司る構成、そして衝撃的な謎の解明とどんでん返し…。
それを「作者の技術の粋(≒新本格の技術の粋)」を駆使して描ききっている。この「描きかた」は作者がここまで積み上げてきたものの上にあるからこそのもの、なのは明らかだ。

しかし、文庫全四巻に惜しげなく散りばめられ詰め込まれ繰り広げられた「本格ミステリらしさ」も、それらを繋ぎ、こうして建ち上げた作者の「技術」も、全ては「暗黒」に呑み込まれている。この作品の「決定的」なポイントは、自分はそこだと思っている。極言するなら「これ以上ないほどの本格ミステリらしさ」すら、この「暗黒館」の中に取り込まれ塗りこめられ、その輝きを消されている。綾辻の言う「本格ミステリ=雰囲気」論を体現するとこうなる、ということだろうか。「よくこれだけのものを書ききった」と、素直に思う。

この作品に不満が全くないとはいわないが、不満を「言う」のは止める。
「館シリーズ」を礎に、「本格ミステリ」を比喩的に表すなら…「謎」というものを中心に、それを補強するもの、装飾するもの、隠蔽するもの、もっと実用的なもの…が積み上げられ組み合わされて作り上げられた建物。そしてその建物は、「謎」という中心が「推理と論理」の手によって解かれ、全てが「壊れること」でしか「完成」とならない、という宿命を持つ。
それはきっと「本格ミステリ」というジャンル自体がやはり「創られ続け」、そして「壊され続ける」ものであることの「象徴」そして「種」でもあるのだろう。「暗黒館」は「壊れた」が、そこに残った「本格ミステリ」を「壊せた」作品に、自分は未だ出会っていない。

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