新本格ミステリに拘泥する (休止中)

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zoom RSS 183 『そして誰もいなくなる』 今邑彩

<<   作成日時 : 2010/05/16 05:29   >>

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★★★★
いうまでもなく、クリスティの「そして誰もいなくなった」を元にした作品。舞台は「絶海の孤島」ではなく、現代の名門女子高(生徒達の住む「街自体」或いは、その学校の「演劇部」ともいえるが)。

「本格ミステリ」として。十分に高度。伏線の張りかた、推理の積み上げ、収斂のさせかた、いくつものどんでん返し…、と必要な材料を上手く盛り込み、料理している。
「ストーリー」として。これも上質。「女性作家らしい」、細やか且つ「残酷」な文章で、登場人物の心理描写や性質が描かれ、それぞれのエピソードも際立って、「サスペンス」としてのパワーもある。
「本歌取り」として。古典の作品にケチをつけるのは嫌いだが、「クリスティ版」で感じた「見立ての理由の甘さ(並べてみるまでそれ程「キズ」には見えなかったのだが)」が見事に解消されているし、舞台を広げたことにより各々の殺人の「実行」にリアリティが生まれている。

なのだが…。全体の「構想」がどうも…、と感じた。それがそれぞれのパーツの「繋がり」のちぐはぐさを生んでしまい、「本格ミステリ作品」としての「仕上がり」にかなり影響してしまっているように感じる。
月並みにジグソーパズルに例えるなら。(作る人にしか分からないかもしれないが)
例えば、「外枠」から作る、というのは定石。「クリスティ版」では「孤島」というしっかり決まった「外枠」が、後々の各パーツの「収まる位置」を担保し、最終的に「一枚の絵」として仕上がっていたが、本作では物理的な「外枠」がなかったことに加え、サスペンスの色を加えたこともあり、全体象が見渡せないまま、しっかりした「枠」に収まらないまま終わってしまった、という印象。
また、特定できる「部分」のピースを集めて繋げ、それを最終的に「一枚の絵」にする、というのも筋道。本作の印象は、各々「部分」のピースに描かれた絵は非常に精巧で美しいのだが、それが他の「部分」と上手く繋がらず、全体の絵が浮かび上がらなかった、感じ。
象徴的に思えたのが人物表。せっかくこの上ない「外枠」があるのだから、そこを生かしてもっと「実用的」なものにしていたら、もう少し「収束」を感じられたのではないか、と思った。

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